【3カ所だけ】
気温や風向風速などを観測する気象庁の観測地点は全国に900カ所程ある。しかし、高い山の上で観測しているのは現在、富士山(3772m)、阿蘇山(1142m 熊本)、雲仙岳(849m 長崎)の3カ所だけになってしまった 。

【戦争きっかけに急増】
気象庁は太平洋戦争中、軍部の要請でめぼしい山に気象観測所を設け、航空機のために頻繁に観測値を通報していた。
初めて定常的に高層天気図がつくられたのも、このころらしい。
ただ、戦争直後に気象庁の職員が大幅に削減されたりして、山岳気象観測所も次々と閉鎖されたという。

【山岳気象報告】
気象庁(当時は中央気象台)が1951年2月に出した「山岳気象報告」には全国28カ所の山岳気象観測所のデータが載っている。
阿寒岳(あかんだけ 北海道)
佐幌岳(さほろだけ 〃)
羊蹄山(ようていざん 〃)
岩手山(いわてさん 岩手県)
蔵王山(ざおうざん 宮城県と山形県の県境)
筑波山(つくばさん 茨城県)
富士山(ふじさん 静岡県と山梨県の県境)
箱根山(はこねやま 静岡県と神奈川県の県境)
男体山(なんたいさん 栃木県)
霧ヶ峰(きりがみね 長野県)
清水越(しみずごえ 新潟県と群馬県の県境)
立山(たてやま 富山県)
稲葉山(いなばやま 岐阜県の金華山)
乗鞍岳(のりくらだけ 長野県と岐阜県の県境)
伊吹山(いぶきやま 滋賀県)
大台ヶ原山(おおだいがはらやま 奈良県と三重県の県境)
比叡山(ひえいざん 滋賀県と京都府の県境)
生駒山(いこまやま 奈良県と大阪府の県境)
愛宕山(あたごやま 京都府)
大山(だいせん 鳥取県)
氷ノ山(ひょうのせん 兵庫県と鳥取県の県境)
石鎚山(いしづちやま 愛媛県)
剣山(つるぎさん 徳島県)
阿蘇山(あそさん 熊本県)
英彦山(ひこさん 福島県)
霧島(きりしま 鹿児島県・宮崎県の県境)
温泉岳(おんせんだけ 長崎県の雲仙岳)
背振山(せふりさん 福岡県)
「山岳気象報告」は月別の最高気温などが載っていて登山者にも役に立ちそうだが、国会図書館などで見るしかない。

【なぜ山岳気象観測は貴重か】
気象庁は山岳気象観測所を廃止するにあたって、しばしば、ラジオゾンデによる高層観測の充実や数値予報、ウィンドプロファイラの整備などによって代替できるから大丈夫だと言っていた。
果たしてそうだろうか。
ラジオゾンデによる気象観測は全国16カ所で1日2回やっているに過ぎない。数万円する観測機器を毎回使い捨てにする贅沢な観測方法だから、そうそう観測を増やすことはできない。その観測をもとにコンピュータによる数値予報をするのだが、観測値のないほとんどの区域を補間に補間を重ねて推定している。さらに、前回の計算の予報値もデータとして取り入れるなど、数値予報は推定値の塊だ。
ウインドプロファイラも何もない空にレーダーを向けて大気のゆらぎで風を測定するというかなり間接的で頼りない観測方法だ。
一方で山岳気象観測はこれ以上ないほど直接的で現代の自動観測機器を使えば、24時間、1時間ごとだろうが5分ごとだろうが直接的なデータが入手できる。
今は数値予報も午前9時と午後9時のデータだけではなく、4次元データ同化によって一定の範囲の時間のデータを反映できる。
上空のデータを連続的に入手できれば数値予報の精度は(特に短時間の予測について)飛躍的に向上する可能性がある。
また、数値予報が外れたときでも、山岳気象観測所のリアルタイムのデータは雨雲の動きについて予報の助けになる。観測値は外れないからである。
かつて剣山の観測値は台風の予報に役立ったという。今でもリアルタイムで剣山の風向風速が入手できれば、西日本に接近した台風の予測に大いに役立つだろう。
伊吹山はかつて11m82cmという世界的な積雪の観測記録を出したところで、測候所で得られた風の観測値は降雪地域の広がりや降雪量の予測に役立てられた。
筑波山の観測値は予測が困難な南岸低気圧による雪の予報に役立てられた。
現在でも関東地方の雨雪判別はきわめて難しい。
幸いにして筑波山の観測は筑波大学によって再開された。今後関東の雪の予報は改善されるだろう。

【逆転層】
大気は普通上空の方が気温が低いが、希に上空の方が高いことがある。それを逆転層というのだが、これが起きると下の空気は上に行けなくなり、上空に大気の蓋ができたようになる。霧や大気汚染などで問題になる。
山岳気象観測所で常時気温が観測できれば、逆転層の監視に非常に役立つ。

【無人観測でもいい 欠測があってもいい】
気象庁が山岳気象観測所を閉鎖した理由のひとつは職員の安全だ。
富士山観測所をはじめ、山岳観測所ではなだれなどで、職員の殉職が多いという。
そうでなくても職員を山の上にずっと寝泊まりさせるのは酷だ。
いまは、有人の気象台でも自動観測機器が活躍している。自動観測機器を活用して無人で運営すべきだ。
そうは言っても観測機器にはメンテナンスが必要だ。
ただ、いまはヘリコプターが普及している。報道機関などはちょっとした交通事故や火事のニュースでもヘリをばんばん飛ばす。
気象庁もヘリを活用すべきだ。職員に重い荷を運ばせたり、登山途中で雪崩に遭われるより、ずっといい。
観測機器が故障して、天候が悪くヘリが飛べないときは1週間でも2週間でも欠測すればよい。
いまのように観測施設を閉鎖するよりはずっといい。

【気象庁の「大丈夫」は当てにならない】
気象衛星画像は日々の気象でも重要だが、台風の観測では不可欠だ。
かつて気象衛星の打ち上げに何度か失敗し、気象衛星画像が取得できなくなりそうになったことがあった。
ところが、そのときの気象庁の長官は会見で「極軌道衛星NOAAの画像があるから大丈夫。台風の観測に影響はない」と言った。
素直に納得したが、当時、放送局で気象番組担当だった私は念のため気象会社の知り合いに一日分のNOAA画像をくれるよう頼んだ。
見てみて驚いた。ほとんど使い物にならない画像だった。
静止軌道衛星ひまわりは地上3万6000キロの距離から地球全体の画像を一度に取得する。
ところが極軌道衛星は数百キロという(地球の大きさからすれば)近すぎる位置を移動しながら撮影する。
このため、衛星の視野が極端に狭い。また、直下の画像は鮮明なのだが、軌道から少し離れると、画質が極端に下がる。
これが、場所を変えて数時間に1回取得できるだけだった。
とても毎時間ごとに台風の位置を観測するなんてことはできない。
極軌道衛星の画像はテレビなどで放送されることは滅多にない。
このため、会見を取材した記者も「大丈夫じゃないんじゃないか」とは疑問を持たず、批判的なコメントをしなかったのだろう。
気象庁長官でさえ、実情を知らなかったのか、それとも、知っていてやせ我慢をしたのか。
どちらにしても気象情報が国民の命を守る貴重な情報であることの認識が足りなかったと思う。
結局、このときは、アメリカが予備の静止気象衛星を日本上空に移動して使わせてくれ、台風観測に大きな支障はなかった。
しかし、気象庁の公式発言の「大丈夫」は当てにならないと私は肝に銘じた。