【気象情報のない国で多くの犠牲者】
先進国では日本と同じように気象情報が放送され、新聞でもかなりの量の気象情報を見ることができる。
しかし、発展途上国では、気象情報が放送されることは稀で、新聞でも気象情報の欄は極めて小さい。
国民が目にする気象情報の量は国の発展程度と比例しているように思える。
気象情報に日頃触れる機会のない国の中にはサイクロンで一度に20万人、30万人が犠牲になる国もある。
【成果の出ない日本の援助】
日本では国際協力機構などが発展途上国の気象機関に技術協力を試みているが、なかなか成果が出ない。レーダーや気象衛星の受信施設、高性能コンピュータなど金額の張るハードを脈絡なく提供するだけで、それを天気予報のシステムとして機能させる知識が援助する側に欠けているからである。
【天気予報の流れ】
天気予報には観測から発表までの一連の流れがあり、一部が欠けても機能しない。まず、天気予報の作り方のおさらいをしよう。

気象情報の流れ

気象情報の流れ

気象観測は主要地点での地上観測だけでなく、高層観測も必要。天気は上空で決まるからラジオゾンデで上空の気温や湿度などを計る必要がある。
最近は日本でも自動放球装置が使われており、これを援助すればかなり効果があるだろう。
次に外国も含めた気象観測値の集計。気象情報は外国との情報伝達の仕組みが世界気象機関で整備されており、日本製の設備が発展途上国でも活躍している。
集めた観測値は必要なデータに比べると極めて少ないので、足りない分を補間計算する。「客観解析」あるいは「データ同化」という。
客観解析したデータをコンピュータに入れ、数値予報モデルを動かして大気の状態をシミュレートする。
そして予想された大気の状態を天気予報に翻訳する。「ガイダンス」というプログラムを使って「東京のあすは晴れ。最高気温は25度」というような予報にする。
最後に天気予報やもとの観測値を使って天気予報番組をつくる。テレビの場合、気象画面を作成し、気象キャスターによるプレゼンテーションの形をとることが多い。発展途上国の場合、テレビ局側に気象の専門スタッフがいないので、気象機関が自分で気象番組を作成し、動画ファイルの形で放送局に提供することもある。
【問題はデータ同化とガイダンス】
現代の天気予報はコンピュータによる数値予報が中心で、発展途上国も例外ではない。数値予報を使わない予報も理論的には可能だが、そのためには独自に研究して経験式を導かねばならず、却って大変。あすの最高気温を観測値だけをもとに求める方法を考えてみればわかる。根拠のある予測は数値予報なしでは極めて難しい。
一方、数値予報モデル(数値予報を行うプログラム)自体は発展途上国でも運用しているところが多い。アメリカの研究機関がWRFという数値予報モデルをフリーで開放しており、しかも、マニュアルなども完備している。日本もNHMという気象庁が開発した数値予報モデルを発展途上国に普及させようとしている。しかし、研修の不備などでほとんど普及していない。
数値予報モデル自体はWRFを使えばいいが、そのためのデータが問題。データ同化は数値予報モデル自体の運用よりもはるかにむずかしい。アメリカや日本は客観解析したデータを発展途上国にも提供している。発展途上国は自国で観測した値をアメリカや日本に送り込み、データ同化してもらうのが現実的。
もうひとつの課題はガイダンス。
数値予報モデルの計算結果は、「あすの正午、北緯30度、東経135度の地上1500mでは湿度40%」というような生データの羅列。これを「東京のあすは晴れ。最高気温は25度」というような予報にするにはガイダンスが必要である。数値予報モデルのデータを数ヶ月間蓄積し、それと実際の地上気象観測の値と相関関係をとる。得られた関係式がガイダンスである。数値予報モデル自体はただでもらえても、ガイダンスは発展途上国が自国の観測値にあわせて作らなければならない。そのための技術援助が大切となる。
【気象放送】 
情報が役に立つためにはそれを放送、あるいはネットなどで公表する必要がある。世界気象機関でもこれをPublic Weather Serviceとして重視する方向にあるが、実際にはあまり手がつけられていない。
天気予報を放送するためには気象画面をつくる必要がある。先進国では、数千万円をかけてカスタム・ソフトウエアをつくり、気象画面を自動作画している。作画は瞬時に行われ、常に最新の情報を放送することができる。
一方、発展途上国ではそうしたソフトがないために、マイクロソフトのパワーポイントなどを使って気象画面をつくっている。画面作成には2、3時間程度かかり、その分、古い情報しか放送することができない。また、1日の放送回数も多くは1回だけである。
発展途上国で気象情報を成り立たせるためには、自動作画装置が不可欠である。作画した画面はWebなどでも活用することができる。日本のような至れり尽くせりのカスタム・ソフトウエアは数千万円かかるとしても、発展途上国向けに簡単な作画装置をつくることはそれほどむずかしくない。最近のコンピュータ、特にMacのCG作成能力はすばらしい。これを活用すれば、簡単な設備ならば日曜プログラマーの私でもプログラミングできる。
【システム設計】
発展途上国の気象台に行くと、先進国が援助してくれたレーダーや気象衛星受信装置が活用されないまま放置されているのを見かける。レーダーには地上からの反射と雨雲からの反射を区別するためのキャリブレーション(調整)が必要だし、予報や放送で活用するためには画像管理が必要である。
バングラデシュではレーダーの画像をホームページで公開している。しかし、レーダーの画像をホームページのサーバーに自動で転送する仕組みがなく、人がUSBメモリーを使ってレーダー画像を取り出し、手動でホームページのサーバーに送っていた。レーダー画像が得られるたびにこうした作業を行うことは不可能である。結果としてレーダー画像の更新は1日数回に限られ、ホームページを見ると、数時間前、あるいはきのうの画像が表示されている。ホームページで数時間前のレーダー画像を見た人は気象事業への信頼をなくす。
こうした不具合が起きるのは気象をシステムとして設計し、維持していく知識が欠落しているからである。発展途上国側にそうした知識がないからといって責めるわけにはいかない。問題は援助する側にもシステムの知識がないことである。
Perlというどのコンピュータにも入っているプログラム言語を使って、4行ほどのスクリプトを書けばデータの自動転送はできる。
日本は1基10億円するレーダーを何台も無償提供しておきながら、「活用できないのは現地の責任」とする態度を私は理解することができない。気象の自動観測装置を無償援助するなら、それが予報や気象放送にどのように活用され、結果として現地の国民の生活に役立てられるというところまで心配りするのは当然と思う。高いおもちゃを買ってやるだけで、子供の成長状態を気に留めないような親は、子供から尊敬してもらえない。
【枠組みづくり】
ところで天気予報で「あすは晴れ」とはどんなことを指すのだろうか。日本では「あすの午前0時から24時まで、雲量が8以下になる」ことである。こうした細かい取り決めは複数の予報官が統一的な予報を出すのに必要である。ところが、発展途上国ではこうした枠組みができておらず、予報官によって予報の対象となる時間範囲や「晴れ」の定義が違っている。気象は24時間業務だから、当然、毎日出番の予報官は変わる。毎日「晴れ」の定義が変わるのである。
日本は明治時代、欧米の科学技術を学ぶ際に、お雇い外国人たちから科学の枠組みも教えてもらった。日本の技術援助にもそうしたバックグラウンドを含む指導が必要だと感じる。
【気象情報は国民に伝わってこそ意義】
昔は日本でも気象災害で多くの人が亡くなった。伊勢湾台風では5000人以上が亡くなったし、その後も、毎年のように1000人以上の死者を出した。当時気象事業自体がお粗末だったかというと、実は違う。伊勢湾台風の進路予想はかなり正確だったし、早くから警報も出されていた。しかし、当時を知る人によると情報の出し方や頻度、その放送された内容は貧弱だったようだ。国民に伝わらなかった情報はないも同じ。気象災害の犠牲者を減らすのは最終的には気象放送の充実である。
今は台風が来るたびに日本では四六時中気象情報が放送される。やりすぎとも思うが、それでもこうした放送が日本の年間の気象災害の犠牲者を100人以下に抑えるのに寄与している。
【ホームページでチェック】
発展途上国の気象機関もホームページで成果を公表している。これを見れば、日本の技術援助が成果を生んでいるかどうかが分かる。
たとえば、バングラデシュの気象機関のホームページを見ると、予報はあるが、予想気温はない。ガイダンスがつくれないからである。日本の無償援助で建設されたレーダーが5箇所あるが、数時間前、あるいはきのうのデータのままである。データをホームページのサーバーへ自動転送する仕組みがないからである。サイクロンがきたとき重要な気象衛星画像も古いデータのままである。数値予報はWRFとGSM(日本の気象庁の全球データそのまま)はあるが、NHM(気象庁から提供された数値予報モデル)のところにはデータがない。十分な研修がうけられず、運用できないからである。
このようにホームページは日本の技術援助の成果を正直に表している。