私は東京と大阪で気象情報番組の制作に10年以上関わった。
余り資料化されていない分野なので、とりあえず概括的に説明しておきたいと思う。
1、天気予報ができるまで
【観測】
天気予報の作成は観測に始まる。中でも天気予報の作成に直接関係するのは一般に馴染み深い百葉箱による地上気象観測ではなく、高層気象観測である。
高層気象観測はラジオゾンデと呼ばれる、気球に温度や湿度、気圧の観測器を載せた装置で測る。使い捨てなので、観測地点や観測頻度は意外に少ない。
日本全国で16箇所。1日2回だけ。これでもいい方で、世界では全く高層気象観測をやっていない国が大半である。
【集計】
大気は国境なく流れているので、世界の気象データを集める。日本に影響を与える大気は、春、秋は中国大陸、冬はシベリア、夏は太平洋だが、いずれも高層気象観測地点は極めて少ない。これをコンピューターに入れて補間する。まるで世界中の大気の状態がわかっているかのようなデータの状態を作り出す。これを「客観解析」と言ったりするのだが、ほんとに客観的かしら?
【計算】
熱力学の計算式などを用いて、将来の大気の状態をシミュレートする。使う数値予報モデルは気象庁独自に開発したもの。かなり、優秀とされているが世界一というわけではない。世界一はヨーロッパが共同で運営している中期予報センターのモデル。次はアメリカのモデル。気象庁は3番目以降らしい。
ちなみに名古屋大学で開発しているCReSSもすごく優秀な数値予報モデルとして知られる。
アメリカの数値予報モデルの中には「WRF」という優秀なフリーウエアもあって、発展途上国や気象協会などの民間気象会社、研究機関などで使われている。
【予報への翻訳】
数値予報モデルの結果は大気の状態を示すデータであって、「あす正午には北緯20度30分、東経135度25分の地上300mの大気の湿度は30%」などというデータ。GPV(grid point value)と呼ばれる。しかし、そのままでは天気予報にはならない。
天気予報への翻訳の1つは予想天気図をつくること。GPVを地表や地上1500mなど高度ごとに等高線で図面にする。すると、人間(気象庁の予報官や民間の気象予報士)でも予報として理解できる。
もうひとつはガイダンスの作成である。ガイダンスはGPVを統計的に処理して天気予報を直接的に作り出す。数ヶ月にわたって数値予報のGPVと実際の天気のデータを蓄積し、関係式を導く。この関係式がガイダンスである。
実際の予報は予報官や気象予報士がガイダンスを見ながら、それを経験で修正する形で出す。
2、それを放送するために
【データ配信】
気象観測値やGPV、天気予報、それに警報・注意報などは気象庁のデータ回線から気象業務支援センターを通じて、放送局や民間気象会社などに配信される。
配信は有料。ただし、配信されるデータが有料なのではなく、配信に使うデータ回線料や配信設備の費用を放送局や民間気象会社が分担して負担するというタテマエになっている。結果は同じことで、かなりのお金を払わないとデータは入手できない。月、数十万円に上るので、個人では無理なレベル。
日本には民間の気象予報士が1万人くらいいるが、ほとんどの人は(放送局や民間気象会社に勤めている人以外は)データの入手に苦労している。
【放送局では】
配信されたデータをもとに放送画面を作成する。昔は手作業だったが、現在は自動作画。20年くらい前は作画専用の数千万円のコンピュータを使っていたが、現在は普通のパソコンがとても高性能なのでそのまま使える。ただし、使うパソコン・ソフトは数千万円以上。なぜかというとオーダーメイドだから。
パソコン・ソフトの値段は作成費(=プログラマーの人件費)+利益を利用者の数で割ったものになる。マイクロソフトのワードのような利用者の多いソフトなら、たとえば100億円の開発費をかけても、100万人の利用者で割れば、1万円で済む。ところが、気象の自動作画ソフトは利用者がその放送局だけなので、数千万円の開発費がそのまま価格になってしまう。
ちなみに発展途上国では専用ソフトがないので、マイクロソフトのパワーポイントのようなプレゼンテーションソフトで天気画面をつくっているところがけっこうある。必要な画面をつくるのに2〜3時間かかる。その分、古い情報を伝えることになる。また、放送の頻度も1日1回程度になってしまう。
日本のメジャーな放送局では専用のソフトで数秒で必要な画面がそろう。そうした画面を再撮モニターとよばれる大画面のスクリーンに映し出し、それを指し示しながら気象キャスターが気象解説をする。
日本の放送局の場合、1日に数十回の気象番組を放送し、その総放送時間は1時間に及ぶところもある。数千万円の自動作画ソフトの設備投資は十分に元が取れている。
【気象キャスター】
気象キャスターは気象予報士の資格を持っている人が多い。ただし、気象キャスターをやるのに気象予報士の資格は必須ではない。単なる気象好き好きおじさんでも気象好き好きお姉さんでも法律的に問題はない。気象予報士は独自の天気予報を出すための資格だから、日本のほとんどの放送局のように気象庁の予報を伝えるだけのために気象予報士はいらない。
気象キャスターが気象情報を入手するには天気図(とくに高層天気図)を使う。こうした天気図や気象衛星ひまわりの画像、レーダー画像、アメダスの実況値は気象庁のホームページで大体、入手可能である。ただし、気象庁の予想天気図は午前9時と午後9時、あるいはその一方だけしか作られないものが多い。たとえば、正午の天気を予報するためにはその間を頭の中で補間しなければならない。もとのGPVデータは正午の値そのものがあるのだから、人間の頭の中での補間は無駄で無理なことに思える。また、アメダスのデータはほんとは10分おきにあるのだが、気象庁のホームページで見られるのは1時間おきの値だけで、その分、データが古くなる。
気象キャスターをプロとしてやっていくためには、気象庁のホームページだけでは無理で、独自のデータ入手手段が必要になる。
【民間気象会社の協力を得て】
気象キャスターは民間気象会社から放送局に派遣されている人が多い。放送局の中には、放送画面の作成も民間気象会社の設備に依存しているところが多い。
民間気象会社は気象業務支援センターからデータを受信し、それをもとに放送画面を自動作画し、放送用の映像信号として放送局に提供する。放送局はそれを自分のスタジオの再撮モニターに映し出し、派遣された気象キャスターが解説していく。
各放送局の画面はデザインはそれぞれ違うが、内容はほとんど同じだから、同じ作画ソフトをちょっとカスタマイズすることで気象会社は対応できる。放送局自前でソフト会社に特注するよりも安くで済むことも多い。
【気象画面】
気象放送を成り立たせているのは気象画面と気象キャスターだと言って過言ではない。昔は再撮モニターなどのスタジオ設備も大きなコストを占めていたが、今は再撮モニターは大型の液晶テレビでも間に合うほどである。
気象画面をつくる際、昔は高性能なパソコンにグラフィック・コンバーターという数百万円の装置をつけて、テレビ用の映像信号を取り出していた。しかし、現在の普通のパソコンにはhdmiというハイビジョン映像信号の取り出し口がある。放送局で使われるのはhd-sdiという規格だが、hdmiからhd-sdiへの変換器は2〜3万円しかしない。気象画面をつくるハードは普通のパソコン(もちろん高速なパソコンが望ましいが、それでも100万円はしない)に安価な変換器をつけただけで事足りる。
問題は特注の画面作成ソフトである。
気象画面は予報画面と解説画面とに大別できる。
【予報画面】
予報画面は地図の画像の上に、天気マークを貼り付けてつくる。テレビの画面は横1920ピクセル、縦1080ピクセルなので、この大きさの地図画面をあらかじめ作っておく。天気マークは晴れ、雨、曇り、雷雨、暴風雨などとそれらを組み合わせた「晴れのち曇り」や「晴れときどき曇り」などの画面があるので100種類くらいある。これを予報データにあわせて貼っていく。
また、予想気温の画面も予報データにあわせてあらかじめ作っておいた数字の画像を地図上に貼っていく。
【解説画面】
解説画面はいろいろだが、たとえば、気象衛星画像の場合、あらかじめ用意した地図の上に気象衛星で撮った白黒の赤外画像を合成する。気象衛星の赤外画像は温度の低いところほど白く、温度の高いところは黒く写っている。白いところは温度が低く、その分、雲の高度が高いことを示す。黒い部分は雲が低い、あるいはないところなので、その分、地図をそのまま表示させるように合成する。
天気図(地上気圧配置図)の画面は気象庁から配信された図をそのままテレビで使うと細かすぎて見づらい。このためCG担当者が配信された図を見ながら一から書き直す。
GPVの地表データをもとに自動で天気図を描かせることも理論的には可能だが、GPVには前線のデータがないため、天気図としては使えないものになってしまう。
【画面作成ソフトのむずかしさ】
以上のような論理を組み込んでいけば画面作成ソフトをつくることができる。
画面作成では地図や表題(「あすの天気」などの文字)、天気マークのデザイナーの能力がソフトの良し悪しを大きく左右する。
もう一つの課題は気象というオンラインデータで確実に画像を生成するというソフトとしての堅牢さである。
気象庁の配信する予報や観測データには時折、欠落や間違いが含まれている。また、余分な改行や空白などが含まれていることがある。パソコン・ソフトはプログラムされた通りにしか動かない。プログラマーが予想した範囲のデータしかうまく処理できない。
地図上に表示すべき20数地点の天気マークのうち、1地点だけ予報データが来ないとか、予想気温と比較すべき最低気温が欠測していて気温差が表示できないとか、これまで、数え切れないくらいのトラブルを経験してきた。そうした、経験をもとに、「こうしたトラブルの時はとりあえずこうした画面を描画する」という経験の積み重ねがないと「堅牢な」というか、使い物になる画面作成ソフトはつくるのはむずかしい。
【アニメーション】
気象画面は太陽マークがきらめいたり、雨が降ったり、雲がモクモク動いたりする。こうしたアニメーションは一定間隔(たとえば2秒間隔)で同じ動きを繰り返すようにソフトをつくる。ほとんどの人間の目は10分の1秒以下の動きを見逃すから、アニメーションは1秒10コマで十分である。ただ、実際のテレビは30分の1コマまでアニメーションする能力があるから、気象画面もそれにあわせて1秒30コマで設計することが多い。2秒1サイクルで1秒30コマなら1サイクルの動きに必要なアニメ用画像は60枚になる。約100種類の天気マークごとに60枚のアニメ用画像を用意するのはけっこうな作業量になる。こうしたアニメは単に見た目だけで、情報の量や質を高めるものではないので、ある意味無駄である。しかし、多くの国で採用されている。
同じアニメーションでも気象衛星画像のアニメーションやレーダー画面のアニメーションは雲の動きやその変化をわからせてくれるので、情報として非常に有益である。
【クロマキー】
気象画面とスタジオの気象キャスターを合成する技術には再撮モニターと並んでクロマキーがある。
これはスタジオの背景に青または緑のスクリーンを置いておき、カメラで撮った映像のうち、青または緑の部分に気象画面を合成する技術である。大きな再撮モニターが高価だった時代にはクロマキーが多用されたし、現在でも外国ではクロマキーを使った気象解説番組が多い。
再撮モニターはモニターに気象画面を写し出し、それをまたカメラで撮るというアナログ的なコピーだし、さらに再撮モニターへの照明の写り込みなどがあって、クロマキーよりも画面の鮮明度が落ちる。それでもハイビジョンという高解像度テレビ技術や再撮モニターの性能が高くなったため、ほとんど気にならない程度まで改善されている。
クロマキーより再撮モニターが好まれるのは気象キャスターに特殊な能力が必要ないからである。クロマキー合成される画面はスタジオの気象キャスターからは見えない。クロマキーでは気象キャスターは青または緑のスクリーンの何もないところに、まるで関東地方があったり、雲がかかっていたりするかのように指し示しながら解説する必要がある。合成された画面をテレビ・モニターで見ながら解説するわけだが、関係のないところを指し示してしまったり、視線が不自然になったりと失敗が多く、熟練を要する。
【バーチャル・スタジオ】
最近は気象解説にもバーチャル・スタジオの技術が使われるようになってきた。バーチャル・スタジオというのはスタジオ内に実際にはない立体をあたかもあるかのように映し出す技術である。
具体的にはカメラにスタジオのどこからどの方向にカメラを向けてどういう画角で撮影したかの情報を取り出せる装置を付ける。そうした情報が得られれば、仮想の物体がそのカメラにどう映るかをコンピュータで計算し、CG画面として作成することができる。カメラの映像をこのCG画面と合成すると、あたかもスタジオに仮想の物体があるかのように見える。
気象解説でバーチャル技術を使う際には気象キャスターは青または緑の背景のスクリーンの前に立ち、スタジオ・カメラに映った映像の青または緑の部分に背景となるCG画面を合成し、さらに前景となるCG画面をスーパー(上書き)する。
こうすることで気象キャスターは仮想現実に囲まれて解説することができる。
ただし、バーチャル・スタジオもクロマキーなので、気象キャスターからはCG画面は見えず、何も見えないところで、まるで見えるかのように演技することになる。バーチャル・スタジオはクロマキーより複雑で画面展開のタイミングなどもあり、リハーサルが欠かせない。
その分、ビビッドな気象情報には無理を生じることになる。