昔、放送局に入る前は経済部記者というものは経済学の基礎的な知識がある人がなると思っていた。しばらくして、そうでないことはわかった。基礎的な経済学の知識のない記者を前に経済音痴の安倍さんのやりたい放題が続いている。

【マイナス金利】
金利がマイナスになれないことは経済学の常識だ。お金を預けることによってお金が減るなら、誰もお金を預けずに手元に置いておく。
黒田さんがマイナス金利と騒いでいるのは、お金を預けておくときの手数料に過ぎない。手元に大金を置いておくのは余りに物騒なので、手数料を払ってでも預けておく、あるいは「預金準備」のように無理やり預けさせておくような特殊な状況がなければ、金利はマイナスにはならない。そうした状況でもマイナス金利はプラスの金利のように数%という水準に達することは不可能だ。特殊な状況での微々たるマイナスを「マイナス金利」という言葉でまともな経済政策のように伝えるのはまやかしだ。

【財政出動】
GDPをプラスに維持するには金融政策では無理で財政出動が不可欠なことをようやく安倍さんも悟ったようだ。マクロ経済学をつくったケインズがすでに戦前、指摘していたことだ。
ただ、昔のように、ただ土建屋を儲けさせれば景気がよくなるというわけにはいかなくなった。
昔の土建業は重機をあまり使わなかった。人手に頼る労働集約的な産業だった。政府が土木工事を発注すれば、土建業者は多数の労働者を雇い、多数の労働者は稼いだ金をすぐに使い、その金が他の産業にも回っていった。これが乗数効果である。
消費性向が0.8だとすると、政府が10兆円使えば、土建労働者は稼いだうちの8兆円を使う。8兆円稼いだその他の産業(飲み屋など)は6兆4000億円を使う。それを受け取ったその他の産業は稼いだうち5兆1200億円を使う・・・その繰り返しによる経済効果は50兆円に上る。乗数効果は5倍である。
今は土建屋の構造が変わってしまった。土建屋は今では労働集約産業ではなく、重機などによる資本集約産業だ。政府が10兆円使っても、労働者にわたるのは5兆円に過ぎない。あとの5兆円はゼネコンに行く。ゼネコンがこれを重機などの投資に回すかどうかはゼネコンが今後の景気についてどう判断するかによる。手元にお金が入っても、将来の見通しが暗ければ、投資はせずにこれまでの借金返済に回すか、国債などの金融投資に回すか、手元に置くか・・いずれにしても有効需要には結びつかない。
景気対策として今最も有効なお金の使い道は介護サービスだ。収入不足で人手不足だ。介護サービスは過半が介護保険でまかなわれているが、そこに財政出動して介護サービスの質・量を充実させる。介護サービスにお金が回れば、低賃金・長時間労働に泣いている介護サービスの労働者も報われる。介護サービスは非常に労働集約的だから、政府が10兆円使えば、9兆円は労働者に行くだろう。9兆円は有効需要に行く。
同じように景気対策として有効なのは保育園などの育児サービスだ。これも非常に労働集約的だからだ。
もっとも、介護サービスや育児サービスに金を振り向けるのは、景気対策として以前に、政治=行政が何のためにあるのか、何のために人は税金を納めるのかを考えたら当然のことではある。

【登記簿の整備を】
もうひとつ労働集約的で有効なお金の使い道がある。法務局の登記簿や公図の整備をはじめとする行政のIT化である。法務局の法人登記や土地登記、公図には必要な更新がされないまま放置されている部分が非常に多い。休眠法人やそれを使った脱税などが野放しになっている。また、土地建物を購入・相続した場合、登記しなければならないことになっているが、放置されていることも多い。公図は古いままで、測量など必要な作業が行われていない。いわば、国の公式な記録簿がいい加減なまま放置されているのである。
中国人が北海道の土地を買い占めているなどの情報があるが、そうした情報の裏付けが取れないのは、土地登記簿がいい加減だから。
本来は関係者が自分でやるべきだが、やられていない現状を放置してきた法務省関係者の責任も重い。
こうした情報をファイリングするには膨大な手間がかかる。それを一気にやるには臨時職員を大量採用する必要がある。若手失業者の格好の吸収先になるだろう。しかも、そこで覚えたIT関連技術は若手労働者がこれまでのビラ配りなどでは得られなかった「手に職」になる。
政府にとってもIT技術の使い方のよい勉強になるだろう。
しかも、こうしたシステムをきちんとつくれれば、国内で活用できるだけでなく、技術援助という形で輸出も可能だ。
こうしたIT化すべき行政分野はとても多い。
裁判所は相変わらず紙ですべての情報を扱っているようだが、電子ファイルへ切り替るべきだ。電子ファイルならいくらで多くの情報を保存しておける。古い貴重な裁判文書を破棄することなく、永久に保存しておき、検索し、活用することができる。

【乗数効果の低下】
土建業ではなく、労働集約的な介護サービスへの財政出動で金融政策ではできなかった景気回復を図ることができるだろう。ただ、その乗数効果はかつてよりずっと小さい。
労働者が買うものはかつてのように国産品ではなく、中国などの労働者がつくった輸入品が多数を占める。日本はすでに消費者向けの物作りの国ではなくなってしまった。
労働者が消費するお金のうち、国内の別の労働者の仕事につながるのは半分くらいではなかろうか。
政府が10兆円使っても、もらった労働者が消費して次の労働者の仕事につながる分は5兆円。その5兆円をもらった労働者が別の労働者の仕事につながる消費分は2兆5000億円・・・経済効果は合計20兆円。乗数効果は2倍である。
それでも無駄な公共投資に使うよりは経済効果は高く、何より税金の使い道としても適切だ。

【老人福祉充実の経済効果】
介護サービスの充実には単なる財政出動以上の経済効果がある。
実は年寄りは金持ちなのだ。
年寄りが金持ちなのはお金を使わないから。
お金を使わないのは将来が不安だから。
将来が不安なのは行政を含めて頼りになるものがないからである。
年金は生活するには不十分だし、ゼロ金利で昔のような財産収入による生活も不可能だ。
地震や津波など災害が起きても政府はほとんど助けにならないことは東日本大震災や熊本地震で実証された。
いざというときお金がなければ生活保護に頼るしかないが、生活保護を受けるには住み慣れた家を手放さなければならない。
老人漂流社会に身を任せるしかなくなる。
老人福祉が充実すれば、老人も今を楽しむことができるようになる。
将来が安心な社会なら今お金を使っても大丈夫なのだ。
数年前に相続時精算課税制度が導入され、老人が財産を子に譲る際に贈与税をとられない制度が導入された。
しかし、いざという時に子供に頼れるかどうかわからない状況で子供に財産を譲ってしまうのはリスクがある。
収入が限られた老人にとって、長生きは最大のリスクだ。それに備えて財産をできるだけ手許に置いておく必要がある。
福祉国家として知られる北欧諸国は世界経済が停滞する中でも緩やかながら成長を続けている。
一人あたりGDPを見ても日本よりかなり豊かだ。
内需主導型の経済は不況に対して安全装置が働き、その分、不況に強いことはマクロ経済学の初歩だ。
政治や行政が本来やるべきことを「お金がない」などと言い訳せずにきちんとやれば、景気だってよくなる。